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[雑誌アーカイブ] Steve Morse, Yngwie Malmsteen対談 (Player誌No.521 - 2009)

2009年のPlayer誌、No.521号から。

色々なことがあったDeep PurpleYngwie Malmsteenのダブルヘッドライナー日本公演の時の対談です。お互いのキャラクターもあるので、さほど突っ込んだ会話がされているようには思えませんが、いくつかの興味深い発言があります。

この時のコンサートでは、来日前から両陣営の仲のほどが心配されていて、記事にもそれを示唆、というか、「OK牧場の決斗」とまではっきりと書かれているので、そりゃIan Gillanの周囲にいた人なんか(本人も)は大変だったのだろうと思われます(苦笑)。この記事にしても、多分ライターさんは相当頑張って編集しているのではないでしょうか(別に嘘は書く必要は無さそうですが)。

ただまぁ常に率直な意見を述べるYngwieの発言も聞くべきところはあるとは思いますが、Steve Morseアーカイブの一環ということで、彼の抜粋は少な目です。ご了承ください。といっても両名とも、ファンならだいたい知っていることが中心です。


Steve「(来日回数を聞かれて)10回か12回くらい?最初に来たのはアルバート・リーとのセッション・バンド”ビフ・ベイビー・オールスターズ”でのことだった。それからもちろんディープ・パープルでも何度か来ているし、カンサスで世界各地の米軍施設でショーをやったことがあって、日本でもプレイしたことがあった。残念ながら一般のお客さんは入れなかったんだ」
まっしゅ註:これの米軍基地慰問は一度だけでしたっけ?確かSteve WalshらStreetsとのメンバー、CSN、Santanaバンドらと世界を周り、その後オスプレイの名で知られる垂直離着陸機V-22の話を軍人か開発メンバーから聞いたことが、ソロアルバムでのインスト曲"Flight Of the Osprey"の作曲につながった経緯があったと記憶しています。もし何度も慰問をしているならば、この時ではないですね)

Yngwie「KansasのPowerはなんども聞いたよ。スティーヴがプレイしたのは、あれ一枚だけだっけ?」
Steve「いや、もう一枚「In The Spirit Of Things」というアルバムも出したよ。(中略)セールス的にはぱっとしなかったけれど、作品としては成功していると思う」


Powerを覚えていることにちょっとびっくりしたのですが、やはりIn The Spirit Of Thingsは知名度が低いようですね。Powerからはシングルヒットもありましたし、ラジオで結構聞いていたりしていたのかな。Steveはその後、Deep PurpleのNow What!でもBob Ezrin("Ezlin"は誤り)と共同作業をしていますが、本人にとっては思い出深いアルバムなのでしょう。その後のインタビューでもKansasの話をする時は、たいていの場合この二枚目に言及しています。若い頃に作曲したアコースティックギターピース(T.O.Watcher。Dregsでは自主制作盤(The Great Spectacular)に収録)を収録しているのも面白いところでしたが。Powerも良いですが、こちらの方が楽曲の質は上と感じます。ややAOR寄りですが、発想はやはりプログレッシブで、個人的にもとても思い出深いアルバムです。

Yngwie「(ジョー・リン・ターナーについて)プロデューサーのジェフ・グリックスマンと仲が悪くて、お互いに視線すら合わさない間柄だった。(中略・ジョー・リンいじめ…)」
Steve「僕が知る限り、ジェフは凄く良い人で、そんな敵を作るタイプじゃないと思うけれどなあ。何かあったんだろうか」
Yngwie「まあ、相手がジョーだから仕方ないよ!」
Steve「僕もパープルでジョーと会ったことがあるけれど、まあ…とてもエネルギーに満ちた人ではあったね(苦笑)」


ノーコメント(笑)。いや、っていうかYngwieはまだJoeを許して(?)いないのか、なんかのノリなのか…。個人的には最近のJoeには、Ritchieがやるとも思えないRainbow再結成を匂わせたり(息子を引っ張り出してきたのはちょっとひどいと思う)、押井守がパトレイバーをやると言った時の周辺クリエイターの”政治的なことをしないでもらいたい”的な反応を感じる…。押井守に関しては、僕自身は今後もついていきますけれども。

Yngwie「ところで俺の伯父さんはフィリップス社の開発部門にいて、75年頃にCDを見せてくれたことがある。”これが未来のレコードだ”って言われたけれど、当時はピンと来なかった(笑)」
Steve「アメリカでは普及しなかったけれど、レーザーディスクも好きだったな」


レーザーディスク!日本でも短命でしたねぇ。我が家には未だに再生機器がありますが、かなり貴重なものになってきているような。

Steve「最初に手にしたちゃんとしたギターがストラトだったんだ。親に代金を借りて、家のバイトをして払ったんだ。でも"Paperback Writer"や"You Really Got Me"のような太い音をどうしても出せなかった。当時フェンダーのアンプを使っていたけれど、VOXのスーパービートルを使うようになって、中音域をブースとすることでファットな音を出せる事に気が付いた。ただ、小さなアンプをプリアンプとして使っていてノイズが堪えられないほどだった。ハムバッカ―・ピックアップを使えばノイズが出ないと知ったけれど、僕にはギブソン系よりフェンダー系の方が手にしっくりきた。理屈ではなく、本能的なものなんだ。それでテレキャスターのボディにハムバッカ―をマウントしたギターを自作した。フェンダーがハムバッカ―を出したときは、すぐに飛びついた。それをディマジオに持って行って、改良に改良を重ねたのが今使っているシグネチャー・ピックアップなんだ。
フランケンシュタイン・ギターのテレキャスボディは、アッシュだったかポプラだったか(まっしゅ註:ふつう当時のテレキャスターはアッシュ素材ではなかったか?70年代以降はアルダーだったかと)、とにかく軽い材質だった。それにブリッジピースは金属製ではなく、ナイロンかデルリン製だった(まっしゅ註:最初のDregsの数枚はナイロン製だったはず)
それにピックもサウンドに大きな影響を及ぼすよ。アル・ディ・メオラと一緒にやったとき(まっしゅ註:スーパーギタートリオにゲスト参加した時のことかな?だとしたら83年頃。オリジナルは81年)、僕はナイロンのピックで弾いていたんだけれど、彼のように強くてくっきりした音の粒を出せなかった。それで彼と同じような、フェンダーのハードで弾くようにしたんだ。」


このあたりのフランケンシュタイン・テレの話はこちらを参考のほど。いずれ訳してアーカイブしておきたいです。
http://www.musicradar.com/news/guitars/all-star-gear-steve-morses-frankenstein-telecaster-544071

Yngwie「フルピッキングで速いフレーズを弾くと、柔らかいピックだと微妙に曲がって、タイムラグが生じるから、俺は1.5ミリの厚めのピックで弾いている。12,3歳の頃だったか、楽器店に飾られている白いストラトが欲しくて、家の外壁にペンキを塗るアルバイトをして手にした2500クローネを握りしめて、その店に行ったんだ。そしたら「このストラトは、2700クローネだから売れない。代わりにこの古いサンバーストは2500クローネで売ってやろうと言われて、68年製のストラトを売りつけられた。当時はヴィンテージギターという概念が無かったんだな(苦笑)。半泣きで家に帰ったんだが、すぐにそのギターを気に入っていつも弾くようになった」

嗚呼、輝かしくも純粋な時代!

Steve「ぼくもスーパービートルを買うのに、家の壁をペンキ塗りしたよ」

Steve「僕はオールマン・ブラザーズ・バンドみたいなサザンロックバンドを聴いて育ってきたし、ジャムをやることで他のミュージシャンからインスパイアされてきた。初めて日本でプレイしたビフ・ベイビー・オールスターズも、ベーシックな構成だけ決めて、あとはジャムで盛り上げていくというパターンだった。ギタリストは寝室で一人で練習するのも大事だけれど、出来る限りジャムをやるべきだと思う」

Steve「僕は自分がセッションギタリストだとは考えたことがないし、誰かのアルバムに参加するとしたら、ソングライティングの段階からかかわりたいんだ。自分がマイアミにいて、ヴォーカリストがLAにいるとしたら、相手が何を求めているか分からないし…友達から頼まれればやるけど、雲を掴むような話だ。とにかく2,3テイクを弾いて、気に入ったものを使ってくれと言うようにしている。ディープパープルでレコーディングするときも、必ずスタジオにロジャー・グローバーにいてもらっているよ。彼は的確なアドバイスをしてくれるからね」



Yngwie「メロディのないラップと、どこかから盗んできた既製品のビートを使うヒップホップは最悪だったよ。あんなの”ラップ”じゃなくて”Crap”だっていつも言っているんだ」

かの有名なクラップ発言。これが初出ではないはず。

Steve「ヒップホップについて僕から言えば、よく出来たエンターテインメントだと思う。ごきげんなリズムがあって、ユーモラスな歌詞があって…ただ、クラシックから(まっしゅ註:クラシックロックのことでなく、クラシカル音楽のことですよね?)脈々と続く音楽の系譜からは外れるんじゃないかな。だから決してヒップホップすべてが駄目だという気はないけれど、僕がやっていることとは一線を画すると思う」

ちょっと興味深い発言。やはりスティーヴは、クラシカル音楽を自分の中心に考えているのかな?と思いました。



機材レポートについて。

この時のSteveのライブギアは、

ギター:定番のブルー・サンバーストSM-Y2D(ストップテールピースと、シャーラー製フロイドローズを一本ずつ)の三本となっています。
アンプ:この当時新しくリリースされたENGLからのシグネチャーモデルを持ち込みました。キャビネットは、ENGLの4"×12"だったようですが、マーシャルのキャビネットを横に倒す(客席への音の伝わり方を理由としていた記憶があります)のはこの時はやっていないようですね。

エフェクターラックエレクトロ・ハーモニックス・メモリーマンを二台。
ボスOC-3 スーパーオクターブ
スクライドストラップカスタムメイド・ルーティング・システムと、パワーサプライ
サブのENGLパワーボール・アンプヘッド。

足元:アンプのチャンネル切り替えフットスイッチ
ボード内に、スクライドストラップミュートスイッチパワーサプライ
ジャンクション・ボックス
ボスTU-12チューナー
エフェクトレベルを調整するためのアーニーボール・ボリュームペダルを三つ。

となっていたようです。この時期はかなりシンプル寄りでしょうか。ENGLが元々豊富なコントロールを持っていることに加えて、自身のシグネチャーモデルはかなり詳細な設定が出来ることもありますね。

他メンバーの機材詳細は省きますが、この時Don AireyのハモンドB-3が故障して、Highway Starのソロをピアノ音源で演奏したことを書いておきます。長くやっていると色々なことがありますね。このハモンドの内部回路はJon Lordから直接譲り受けたものだったような気がしますが、記憶違いだったかな。





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[ 2015/08/29 00:00 ] M/SteveMorse | TB(0) | CM(0)

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