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福井晴敏 - 機動戦士ガンダムUC(小説版)の雑感(1) - (2007~2009)

著者: 福井晴敏
タイトル:機動戦士ガンダムUC(全10巻)
発行:2007~2009

ユニコーン雑感。
まず最初に素直な感想をかき出してみた項目ですので、僕の趣味が全面に出ています。ご了承下さいませ。

福井晴敏が新たに生み出したガンダムシリーズの一作であり、別の時間軸に頼らずファーストガンダムから続く最も重要な歴史に食い込もうと試み、そして一定どころか、商業的にも大きな成功を収めた事は高く評価されるべきだと思う。あらかじめ映像化が約束されていたようなものだが、劇場公開と同時にソフトを入手できるというのも特筆すべき点
恐らくこの時間軸、この範囲(ファーストから、Z、ZZと続き逆シャアで終わる)でこれほどの規模の作品が公式のものとして(重要なこと)、今後生み出される可能性は非常に低いだろう。
ただそれがあまりにも著者個人の趣味に依ったものではないか、という疑問は僕の中に小説第一巻の時から残った。つまりアムロとシャアの物語を一人で終わらせていいものだろうか、というガンダムオタクの妄信である。失礼。だが、これがまず第一の感想。

時々、自分の趣味と離れた作品に接すると、余計に色々と考えてしまう事がある。これが僕にとってはそうだった。
例えば僕はGary Mooreがギタリストとしてはあまり好きではないのだが、なんで好きではないのか、その理由を考えるためにライトなファンよりは多く聞いていると思う。そしてある意味ではそこに囚われてしまった。今となっては好きなのかそうでないのか、もはや判別がつかないほどである。結局ガンダムファンにとって、ガンダムの新作とはこういう風になる運命なのかと時々悲観的に思ってしまう。しかしそれでは成長しないのではないか…何よりも読者・視聴者の我々がである…。
この小説を読みながら、これは明らかに僕の趣味じゃないと思いつつ、ガンダムであるから読みきった。その時点で、僕はこの作品に囚われている事を実感した。そしてガンダムオタクである事と、それ以外の自分の趣味を完全に切り離す事は無理だと改めて実感した。

しかし小説を読みながら、文章を読み飛ばしている事を何度も考えた…どうにも一言一句読み切る気になれず、自分のいう事に自信が持てない。twitterで「批判をする人はそもそも読んでいない」という意見を何度も見たが(これは”批判をする人”への批判ではなく、本を読んでいないからこそ批判が出来る本を読んでしまったら取り込まれて批判が出来ない、という意味)、僕も一応最後まで目を通したが、文章を読み切ってはいないと思う。場末のブログにわざわざ書く事でもないが、悪しからず。

ガンダムファンとしての感想、アニメファンとしてのOVAの見方、小説の書き方について、それから個人的な趣味は矛盾せずに並べる事は出来ないと思う。
例えば小説版では僕はジンネマンがあまり好きではない。しかしOVAでジンネマンが改めてマリーダに向き合うところは涙ちょちょぎれんばかりであった。その理由を細かく探るのは難しい。他にもリディ少尉が最終盤にいくほどに孤立していくが、そんな事は有り得るのか?いいのか?しかし「そんな事を気にしても仕方がない」というのもまた暗黙の了解だったりするわけで…。


この作品は、「可能性の獣」という言葉を軸にして展開する。最終的に可能性とは「未来」の事であり、未来とは、子供の事のようなのだが、子供をなす事を考えていない人達はどうなるのだろう、というのが疑問。この話は徹底的に男と女の話だと思う。しかし男とか女とか、もしくは自分自身でも誰でもよいが人の感情というものを考えていくと、どこかで今までの常識とは違う疑問を感じることもありうるだろう。大事なのは、ある事を知ってしまったら、それまでの自分とは変わってしまうという生き方の話だと思う。
このユニコーンでは性的な問題というのは顕著で、それは夫婦の話であり、父と息子の話であり、母と息子の話であり、若い少年と少女の話になる…のであればそれは分かるのだが、男と女という二項がかなり強烈に用意されているのにも関わらず、話は常に男から進んでいく。それがどうにも不快で、男の視線からばかりのマーサ・カーバインの描写は読んでいてとても辛かった(この辺若干飛ばし気味)。最後の最後にここぞとばかりに取り乱すマーサは無い方が良かった。
それからある意味では今作のヒロイン、マリーダ・クルス。彼女は本文中、ある理由から子供の産めない身体であると明言されている。ならばマリーダこそを救う展開が欲しかった。作品を通して吹き荒れる性暴力に答えを出したとは思えなかったが、マリーダについてはもう少し読み直す必要があると正直感じている。
そしてオードリー・バーンこと、ミネバ・ザビはガンダムシリーズを貫く文字通り可能性の獣、無限の可能性を秘めた純潔の子供であり、そして相手の純潔が偽物だと分かればすぐにでも牙をむく獣の宿命(ザビ家の血筋)を同時に背負っている。ミネバ・ザビはガンダム史上、最も純粋に”ただザビ家の人間”であり、”ザビ家の子供”であり、ガンダムの中では珍しく男と女の軸から外れかけた存在だった(それは別の意味で不幸な事だし、ある意味では過去作の限界もまたここにある)。マリーダにもその可能性があった。彼女の救いは成就したとは言えなかった。
男と女の話であれば、そこに性愛が絡むのは理解出来るし、そして子供に何かを受け渡すこともまた自然な事だが、しかしそれこそが”前の世代”にとっては難しいことだ。ごく自然に、当然のように受け渡してしまうからこそ、そこを見直す必要がある。それはバナージ達の呪いであり、ガンダムから問いかけられる普遍的な戦いなのだ。他のガンダムと同じように、ユニコーンでは前の世代からの受け渡しは、試みられたものの、ほとんどまともに成功していない。だからこそ次の世代は孤独な戦いを強いられる。そしてその次の世代というものは、必ずしも子供とイコールではない。我々が良かれと思って次の世代に渡せるものとはどれだけ壮大なものだろうか。

この物語の主な女性キャラクターは、マーサ、マリーダ、ミネバの三人くらい。自分で書いていてちょっと気持ち悪いのだが、それぞれが抑圧、受け止める、未来へ解き放つという役割があるようだ。ララァ・スンを最も強く受け継いでいるのは明らかにマリーダで、ここからはバナージとアルベルトがよく見える。しかしこの三人がいなければ他のキャラクターが一歩を踏み出せないのであればちょっと良くないと思うことがしばしばある。それから子供をなそうとしていたロニはあえなく犠牲になった。つまり子供のまま死んでいった側だった。この一連の流れは特に深読みするほどもないが、ちょっと文化描写的にはひっかかるところも無くは無かった。

吉野朔実的に言うと”何も引き受けずにいる事は世間が思うほど楽ではないし、むしろ辛い道ではあるが、その人と向き合うと自分自身を見ているような空虚な気持になる。ある意味ではそこに通過儀礼があるし、周囲の人間がその責任を果たしながら周囲の人間自身も大人として更に成熟出来るならば素晴らしい(が、難しい)”といった感じかもしれない。これは少年は荒野を目指すとか、栗林かなえの犯罪で見られた光景だが、フル・フロンタルも、陸(言うまでもなく、陸が誰にでも優しいのは本質的に他人に興味が無いからだ)や、(高校生の頃の)検見川君や、かなえ(あらゆるレッテルへの忌避感)のような境界線に立っていたのだろうか、と思ってしまった。フロンタルは本当に引き受けていたと言えるかな、と。レッテルを進んで帯びることは、また別の望まぬレッテルを避けることだ(そしてそれがジオン軍という創造主によって既に用意されている不幸)。ユニコーンの文脈で言えば、大人を知らず母にもなれないからあえなく死んでいったようにも見えるのは、また別の個人的に気になる点。作者はフロンタルを大人の側として描きたかったようだが、政治的かつ戦略的な手段を取れても空虚さを見抜かれては大人かどうかには関わらず真に成熟した人間とは呼べない。通過儀礼無しに大人の立場は取れない。この感想こそが青臭いとはいえ、個人的にはちょっと抵抗しておきたいところ。

それから小説のつくりとして、読んでいて強く感じたのは、物語があまりにも著者の手のひらで転がされ過ぎているという事。物語中盤、オードリーが地上に降りてから、とある寂れたダイナーのようなところでコーヒーを飲むシーンがあるが、これこそ大人の屁理屈のような登場のさせ方だなぁと少しうんざりした(実はOVAではそんなに気にならなかったシーンの一つ)。
しかしモビルスーツ戦の描写では迫力もあるし、物書きとしての向き不向きがあるのは仕方がない。向き不向きといえば、アンジェロの忠誠心の現れもちょっと不自然かなと。無理やりBL感を付け足したようにも見えたが、慣れないならやる必要は無かったと思う(ガンダムOOでも同じ事を思いましたけれど、慣れないBLっていうのはどうしても出ちゃいますね)。
…まぁ、だからこそ一人でこのファースト世代を背負うこともなかった。それをキャラクターに対して言うのならば、フル・フロンタルも(またシャア自身にせよ)一人でそれを背負う必要は無かったのだ。全十巻からなる物量を思えば全身全霊で描き切った事を認めぬ者はいない。カトキハジメのデザインは文句なしにカッコいいし、安彦さんのキャラデザもいい。個人的には小説版に限ってはファンタジー色を急に増した最終盤も良いと思う。それは「元々ガンダムは全てファンタジーだから」ではなく、「この作品にはそれがマッチしてたから」ですけれども。
ただ初めから結論の分かっている物語を手を変え品を変えくどくどと説明して子供をレールに乗せていく事自体、大人のやりそうな事なのだなぁ(それを言っちゃおしまいよ)。

とりあえず今日はこの辺で。
OVAは数年以上前に一度しか見ていないので、いずれソフトを入手して見直したいと思っています。またお付き合い頂ければ幸いです。まぁ文句を言いつつガンダムファンです。シナンジュもクシャトリヤもかっこよいですが、序盤のジェガンのカッコよさが後半に行くにつれてちょっと落ちてきたのが少々残念。あのジェガンは素晴らしかった
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[ 2015/08/02 01:00 ] Books | TB(0) | CM(0)

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