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真嶋雄大 - ピアニストの系譜 (2011)

著者:真嶋雄大(majima yudai)
タイトル:ピアニストの系譜
発行:2011(音楽乃友社)

この本はピアニストの系譜、つまり誰がどの教師に教わり、どのような影響のもとにあるかを書いている。
特に現代においては、生まれた国や国籍によってピアニズムを分析する事の重要性は相対的に低下しているだろうが、ピアノ演奏の歴史を解いていくためのみならず、現代においても演奏解釈のため、伝説的音楽家たちの歩みを包括的に把握しておくのは決して無駄ではない。

まえがきで著者もこのように書いている。
「一人の学習者が何十人もの流派の異なる先達からメソッドや演奏法を享受することが可能になったのである。だからこそ、系譜としての血脈に疑問が投げかけられるのだが、それでも強い絆で結ばれた師弟関係に、そのDNAが強く作用するのは自明の理である」

ただこういった芸術の領域で体系を絶対のものとするのはまず不可能なので、この本は今まで知らなかったピアニストを個人的に発掘して興味を持つために読むのが良い。ある程度、ピアニストの歴史を把握している人は、そこに新しい人間関係を描いたり、新たな情報を得ると思う。

資料としては大変有用ではあるが、ただし、こういった本は出てくる人がとにかく多いだけに読み通すのは少し困難。少なくとも、(個々人がそれをどの程度信じているかは別として、一般論の)ドイツっぽい演奏だとか、ロシアン・ピアニズム等々、とりあえずイメージがあると良いかもしれない。出来ればリヒテルとか、コルトー、バックハウスといった世代の演奏も知っていると更に良い。


まずこの本では、主にドイツロシアフランスのピアニズムに焦点を当てている。

ドイツの項目のはじまりは「チェルニー」からはじまり、「リスト」につながる。ここで重要な人物として、フランツ・リストテオドール・レシェティツキテオドール・クーラックの三人の名前が挙げられる。この三人は本書のみならず、音楽の歴史を読み解くのに非常に重要な人物である。

この冒頭、リストからの系譜という項目は8Pに及ぶ。全く別のページだが、例えばクリスチャン・ツィマーマンの名前は数行しか言及されていない事と比較すれば、この本の性格は伝わると思う。あくまでピアノ教師の本なのだ。
名教師としても知られるリストの弟子には、歴史上の人物だが有名人が並ぶ。ハンス・フォン・ビューローオイゲン・ダルベールアレクサンドル・ジローティマルティン・クラウゼモーリツ・ローゼンタールモーリツ・モシュコフスキ…等々。

リストの影響を書くとなるとまた別の一冊の本が出来てしまうが、とりあえずその一部としては、ビューローは、カール・ハインリッヒ・バルトを指導し、バルトは、アルトゥール・ルービンシュタインヴィルヘルム・ケンプゲンリヒ・ネイガウスを教えて、我々がその演奏を聴く事が出来る世代に繋がっていく。そしてケンプは、ゲルハルト・オピッツイディル・ビレットジョン・オコーナーを教え…となる。
オイゲン・ダルベールは、際立ったヴィルトゥオーゾとして知られていたようだが、教師としてもアリス・ケゼラーゼイーヴォ・ポゴレリチの師にして妻)、ヴィルヘルム・バックハウスを教えた。
そしてアレクサンドル・ジローティは、主にロシア関連の文脈で語られるが、晩年のリストに師事して、ニキタ・マガロフセルゲイ・ラフマニノフなどを指導した。

…とこのようにとにかく誰が誰を教えたかという事を延々とつづけていく本である。合間合間に有名なピアニストの短いインタビューの要約が挟まれる。


以下、本書のインタビューを更に抜粋・要約してみる。

例えば、
パウル・ヴァドゥラ=スコダが語るエドウィン・フィッシャーについての一部だが、「ドイツ学派の根底にあるのは、偉大なる規律」。

ヴァレリー・アファナシェフは「ロシアン・ピアニズムについて適切に答えるのは難しい。師であるギレリスの事は私の永遠のアイドルだが、正統的なロシアのピアニストだとは思っていない。マリア・ユーディナの事を尊敬しているが、彼女もまた自分との共通点は無い。ロシアン・スクールは非常に幅広く、フレンチ・スクールも優秀ではあるが、ロシアほどの幅広さは無い」

ヴェラ・ゴルノスタエワ「ネイガウスの中にはヨーロッパ文化とロシア文化という、二つの巨大な文化が存在していた。私達は単に先生を愛したわけではなく、心からほれ込んでいた。決してヴィルトゥオーゾではないが、ピアノの詩人だった」

ここで個人的には、ロシア人からよく出てくる、”ロシアとヨーロッパが別物”というふうな言い方が興味深い。例えば西の方はほとんどヨーロッパだとみなされているけれども、実際はどうなのだろう、という。全然関係ない話だが、ロシアでゲイの話になった時に「ヨーロッパならそういう事もあるかもね」という言い方をロシア人女性から聞いた事がある。

イリーナ・メジューエワ「ネイガウスの教育は、絶対的に音楽が一番であるということから始まる。音楽だけを勉強するのではなく、文学、美術など他の分野にも興味を持つことを教えられる。ロシアの教育は非常に家庭的。生活そのものがレッスン。一緒に人生を過ごす、それがネイガウスからの伝統。モスクワ音楽院サンクトペテルブルク音楽院はルビンシュテイン兄弟が設立したが、兄弟の仲があまりよくなく、未だに学校同士の繋がりはほとんどない。もっともモスクワ市民とサンクトペテルブルク市民もそうだが。ネイガウスの教えとは、理想の音、理想の倍音をどうやって綺麗に出すかということから始まる」

ニコライ・ルガンスキータチアナ・ニコラーエワからは、具体的な方法論、つまり指や肘の使い方、ポジションなどは特別習わなかった。技術はともかく、生きている音楽をといつも言っていた。正しいか正しくないかより、いかにフレーズを歌うか、それを口ではなく、普段の姿で見せてくれた」


それからフランス人のパスカル・ドゥヴァイヨン「パリで教えていた頃は、私はどちらかというとインテリ系というか、頭で教えると思われがちだったが、ドイツに住んでみると、全然頭脳で教えるとはみなされない。ドイツでは重要視されているのは構成や分析で、一方フランスでは、音楽をどのように楽しめるか、生かせるかという、インスピレーションが大切にされる。私はその両方のバランスをとりたい。ベートーヴェンのソナタ18番の出だしを説明すると…。フランス人なら、最初の和音がちょっと宙ぶらりんに浮いて問いかけのように始まり、それからドラマティックになって情熱が溜まり、大きな和音で勝利への道が敷かれ、その後ピアニッシモのカデンツァがきて、ジョークのように終わる
ドイツ人ならば、ロシア人のように6度の和音から入って、半音階のバスの動きがあり、属9のバスのない形の和音がきて、四分音符で支えられて、それからカデンツァが登場して、ピアノで終わる。結局同じ事を言おうとしているが、表現の仕方が全く違う


以上、主に私の趣味でロシア関係をピックアップしてみたが、その時点で本書の1/3である。次にフランスの名教師、アルフレッド・コルトーや、ラザール・レヴィマルグリット・ロンイヴ・ナットなどが続いていく。
しかしフランスまできて、半分である。その後は、ハンガリーのピアニズム、ポーランドのピアニズムなどがまだまだ控えている。それから音楽に限らずあらゆる面でヨーロッパの文化をリードしたイタリアが「その他のヨーロッパ」の項目に入れられているのが少しおかしいが、歌劇ではなくピアノ演奏という事に限れば、それも致し方ないか。本書でもミケランジェリブゾーニなどが取り上げられるにとどまるが、ここでもピアニズムや教師としての視点で見るにはやや不足する(個人的にはMichelangelo Carbonaraミケランジェロ・カルボナーラ)なんかは一演奏家として好きなんだけれどなぁ~…)。

それから本書でも取り上げられているが、レオ・シロタについては触れておきたい。ウクライナ生まれユダヤ系のシロタはブゾーニに指導を受けた後、15年間、日本に滞在し教師をしていたので、そこから巣立って行った日本人演奏家は少なくない。シロタはブゾーニ直系の超絶技巧でも知られていた。日本の歴史の一部としても重要な人物であり、社交場として開かれていたシロタ家では西欧人、ロシア人もパーティに参加していた。その一人がヴァイオリニストの小野アンナであり、後にジョン・レノンの妻となるオノ・ヨーコの叔母にあたる。ちなみにシロタの娘の方が更に有名かもしれないが、ベアテ・シロタ・ゴードンといい、GHQの中で日本憲法起草にも関与した。

イギリスのピアニストにも優れた演奏家が多い。現代では、スティーヴン・オズボーンや、スティーヴン・ハフなどは円熟を迎えた巨匠としてもっと広く知られていい。しかしピアニズムの歴史としては取り上げるにはここも不足するので、後半に当てられるのもやむを得ないか。
マイラ・ヘスの名前は有名ではないが、スティーヴン・コヴァセヴィチの師匠である。コヴァセヴィチはマルタ・アルゲリッチの前夫である。
「第二次世界大戦が勃発すると、ヘスはロンドンの国立美術館でランチタイムコンサートをスタートさせた。日増しに激しくなる戦禍によって各地の演奏会が閉鎖されていく中、粛然と重ねられたこのコンサートは、聴衆に希望とバイタリティを与え続けた。その偉大なる業績に対し、ヘスは大英勲章、中等勲章士などを授与されている」。
それからアイルランドの音楽家として、ジョン・フィールドを忘れてはならない。ショパンに多くの霊感を与え「フィールドのようなタッチ」を褒められた時は、ショパンはその喜びを両親に書き送っているほどである。

それからアメリカのピアニストである。本書の前半で取り上げられたロシアの名教師たちの一部は、ラフマニノフのようにロシア革命の際、アメリカへと移ったものが少なくない。そこからリスト直系のモーリツ・ローゼンタールから、チャールズ・ローゼン(この人のエッセイはとても面白く、音楽理解のためにも役立つ)のようなつながりが生まれる。しかし本書で改めてその流れと名前を確認しても、いまいち特定の個性というものを見出せないので、これはもうアメリカ文化とはごちゃまぜである、としか言いようがないだろう。

ハンス・フォン・ビューローは、三回アメリカに渡ったというし、アントン・ルビンシュテインは、二百十五回の演奏会を開いたという記憶があるそうだ。それからショパンの楽譜と外交(!)で有名なイグナツィ・ヤン・パデレフスキもアメリカに住んでいた。
ポーランド生まれのヨーゼフ・ホフマンは長じてからカーティス音楽院院長(近年だとラン・ランや、ヒラリー・ハーンなどもここの出身)となる。ナチスから逃れてきたルドルフ・ゼルキンレシェティツキからの流れを汲むロジーナ・レヴィーンもアメリカの教育に大きな役割を果たした。日本人としては武満とのつながりがあるピーター・ゼルキンの名前もすぐに思い出す。それからアメリカから私の個人的おススメはやはりウィリアム・カペル。彼はオルガ・サマロフ(かのストコフスキー夫人)の指導を受けた。


…とまぁ、とにかく名前がたくさん出てくる本なので、これだけ抜粋して知らない名前ばかり…という人にはあまり面白くない本かもしれない…。個人的には縦のつながり、横のつながりを改めて確認するという収穫があった。
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[ 2015/06/17 00:00 ] Books/音楽 | TB(0) | CM(0)

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